彼女との対話の中で、私が彼女の意に沿わない話をしたのはおそらく二つだけだ。
一つは、コミュニケーションの改善のためにレベルの高い通訳がほしいという話で、もう一つは、普段現場にいない人間には、現場の改善案を考える事は難しいと言われた事だ。
いずれも全く間違った考え方だとは思ったが、この工場の問題を象徴するような意見だったので、かなり深刻に受け止め、とりわけ丁寧に説明したのをよく覚えている。
まず一つ目の話だが、結論から言えば、当然に通訳をよりハイレベルな者に変えたところで、工場の改善に至るなどという事は決してない。
理由は先述した事と同様なので詳細は割愛するが、本質的な問題の改善に当たらない、単なる場当たり的な無い物ねだりだからだ。
しかし、強い要望でもあったので、一通り私の考えを説明した後、「どうしても必要であるなら採用するけど、本当にそれで現場は良くなると言えるんだよね?」と問うてみたところ、返事はなかった。
私としては、本当にそれで責任を持って改善できるというなら、失敗したとしても本当に雇ってみても良いと思っていたのだ。
しかし、こういう類の”無い物ねだり”は、応えられ続けると、どんどん自分の逃げ道を無くし、自らの首を絞めることになるだけなので、もちろんオススメはできないわけだが。
そして、もう一点の方が私にとってはより深刻な話だった。
現場で必死に尽力してきたが故に、そうした価値観を持つ事はわからないではない。
言葉のままストレートに取れば、これまで、私も兼松も数々のトラブルに対処すべく、当事者として多大な時間やコストを掛けてきた身であるので、まあまあ“失礼な話”とも取れるわけだが、そんな事は正直、どうでも良く、それよりも重要なのは、根本的な勘違いがある事だ。
ここで一つ、暴露する秘密がある。
兼松はベトナムのIT事業部のトップを務めているが、実はIT技術に関して言えば、通訳を除けば事務所内で“一番の素人”なのだ。
というよりも、元々ベトナムに渡った当初から、彼は“IT未経験者”だったのである。
だから当然、スタッフに手取り足取り技術教育をするような事もなかった。
IT系のオフィスを運営した経験もなかったし、もっと言えば、IT事業部は発足当時からそれなりの人員を雇い入れてはいたものの、ベテランと呼べるような経験豊富なスタッフは一人としていなかった。
IT事業ならではの”開発ルール”や”仕事の管理法”など、業界特有の商慣習というのはあるのかもしれないが、しかしながらそもそもそんなものは企業によって大なり小なり最適解は異なるもので、だからこそ経験の浅い我々は、ゼロから「自社のやり方」を構築してきたのだ。
その中心に立っていたのが、オフィス内で“最も素人”である兼松だったわけだ。
彼は“管理”という一点に関しては間違いなく一級品だった。
更にもう一つ秘密を暴露すると、彼はIT事業部を任されるまでは、当時別事業にあった士業(司法書士法人)の営業支援として、士業の仕事の管理やその仕組み作りを行なっており、素晴らしい成果を上げていたのだ。
つまり、業種が何であろうが、“一流は全てに通ずる”という事なのである。
これが例えウクレレ工場の運営であったとしても、もちろん例外であるはずはない。
必要な情報が整えば、築き上げてきた管理ノウハウが活きるのは、至極当然な事なのである。
その一級品のノウハウを排斥する様な考え方は、企業としてとても勿体無い話なのだ。
私はそうした話を、かなりオブラートに包んで彼女に伝えたつもりであったし、その時は理解してもらえた様子であったのだが、残念ながら、どの部分かは分からないが、結局腑に落ちない点を残してしまったのであろう。
そして、更に残念なのは、この時の会話は決してピリピリとしたものでなく、双方特に怒ったり感情的になる事も全くなく、終始平和な話し合いであったという事だ。あくまで私見ではあるが。
そしてこの一件を経て、私の中では、この工場に関するある重大な決意が生まれたのである。
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