突然やって来た大量の“製作中ウクレレ”で埋め尽くされた川上工房は、当然に連日の大忙しとなっていた。
残り2〜3割の仕事とはいえ、量が量なのでとても大変なのだ。
川上は寝る間も惜しみ、自ら休日も返上して献身的に作業に当たっていた。
しかし、我々はそんな状況下であっても、加えて自社工場新設の動きを止めるわけにはいかなかった。
何故なら、クラウドファンディングのリターン製品の製造の目処が立っていた時点で、我々は次のステップとして「ガズのわがままウクレレ」の予約販売を開始していたからである。
予約開始当初は、当時の作業の進捗を鑑みて多少余裕のある予定だったのだが、今回の急なトムさんの工場からの撤退により、事態は急変していたのだった。
つまり川上工房はこの時、現在のウクレレ製作を滞りなく完結させるのと同時に、次の仕事に向けて、工場新設と新しい生産体制を“かなりの至急”で構築させなければならない状況に置かれていたのである。
そんな折、川上工房に二人の新人職人がやって来た。
一人目はデニーさんである。
実は彼は本名は”ヤンさん”なのだが、最初に入ってきた川上の一番弟子もヤンさんなので、川上より“デニーさん”という愛称を命名された。彼はとても明るい性格で、直ぐに工房のムードメーカー的な存在となったのだが、職人としての経験はなかった。
そして、次にやってきたのはサンさんである。
彼はどちらかというとコミュニケーション下手というか、感情が表面に出ないタイプだ。
そしてやはり“未経験”という事である。
私としては“未経験がダメ”というわけではないが、即戦力となり得る“木工経験者”も必要ではないかと思い、川上にもそう促したのだが、川上としては、トムさんの工場で職人とやり取りした経験から、“未経験者の方が扱いやすい”という考えを持っており、また木工経験者であっても、ウクレレの製作となればどのみち1から教えることに変わりはないという見解だったようだ。
そこで今回はその意見を尊重し、正直な話“危うい”とは思ったが、彼ができると言うならば“後の川上のため”にも任せてみようと考え、未経験者の二人を採用する事となったのである。
こうして、川上は、ヤンさん、デニーさん、サンさん三人の教育を施しながら、引き続き、ウクレレの製作を行う事となったのだった。
誤解がないように敢えて伝えておくと、私は、未経験者の採用そのものには大いに賛成である。
何故なら、未経験者にとって、我々の工房、あるいは新工場は、ある意味“最高な環境”だからだ。
それは主に“教育環境”という意味で、川上の様な筋金入りな本物の凄腕職人から直に教えを請う事ができるからというのも確かにあるが、それ以上に“圧倒的な仕事の量”があるというのが大きい。
アメリカの外科医に凄腕が多く、日本の外科医に比べて早熟であるのは、研修医の段階から圧倒的に多くの患者にメスを入れさせてもらっているからである。
その数は日本の研修医の10倍以上であり、経験の差が技術の差に比例する事は当たり前だ。
そういう意味では、我々の職場環境には常に“大量の受注案件”があり、経験の数に事足りないなどという事はあり得ないというわけだ。
しかし、それには当然に絶対的な大前提がある。活きた現場で教育を行うためには、それなりに精度の高い、完成されたカリキュラムやノウハウが必要となるのだ。
そうでない“行き当たりばったり”では、教育が滞るだけでなく、生産性そのものに大ダメージを喰らってしまい、本末転倒どころではなくなってしまう。
それは即ち、現場における高度な管理能力、判断能力、教育力などが求められるという事である。
問題なのは、野球の名選手が誰でも名監督になれるわけではないのと同様に、どれだけ凄腕の職人であっても、教育者やマネージャーとして、いきなり優秀な仕事ができるわけではないという事である。
つまり、これまで筋金入りの職人(プレーヤー)として生きてきた川上にとって、まさにこれからが“最大の試練”となるわけなのだが、この時の彼は、まだその事を知る由もなかったのである。
次回
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