兼松が本格的に問題の解決に乗り出した頃、トムさんへの対応で疲弊しきっていた川上にはさらなる災難が降り掛かっていた。
何と“デング熱”に感染してしまったのである。
デング熱は蚊に刺されることで感染する病気で、ベトナムではポピュラーな疾患であるが、重症化し、デング出血熱になると命に関わる事態になることもある。
幸いな事に川上が重症に至る事はなかったが、ハードワークが続いて心身共に消耗し、免疫力が低下していたのかもしれない。
また、デング熱は2回目の感染となると重篤化するリスクが非常に高まるので、以降は蚊には特に細心の注意が必要となるのである。
まさに“弱り目に祟り目”といったところだ。
感染自体はトムさんのせいではないが、とにかくこの混沌とした事態を一刻も早く収束させなければ、今以上に悲惨な状況に陥るかもしれないという事は、関係者一同誰もが不安に思い、危惧しているところだった。
しかしながら兼松が問題の解決に乗り出した事で、問題の原因は徐々に明らかになる事となる。
彼は、要点を押さえる為の的確な質問を刺すのが得意なのだ。
トムさんがどれだけはぐらかそうとも、適時に手を変え品を変え、都度的確な質問で、事実をつまびらかに炙り出していく。
しかし、そうして事実を知れば知るほど、事態の深刻さは増していく事となるのである。
まず、最初の疑問であった、トムさんの「高額な設備の購入」についてだが、これは、我々が段階的に支払っていたウクレレ製作資金の大部分を注ぎ込んでいた事が発覚した。
正直予想はしていたが、これは非常に良くない報告だった。
実は我々は生産性の担保のために、トムさんの工場の生産を独占する契約を結んでいた。
つまり、トムさんの工場の経営は、我々との契約以降、我々からの売上だけで成り立っていた事になる。
我々の支払った金額の中には、トムさんの工場の利益だけでなく、当然、我々のウクレレの製造に必要な”資材の購入費”や”人件費”なども含まれている。
ところが、我々がトムさんの工場に支払った額から考えると、本当にトムさんが言うとおりの高額な設備の購入に充てていたとするならば、ウクレレ製造の必要経費がかなりの額不足しているであろう事が、私も兼松もすぐに予想できたのである。
さらに兼松が尋問を続けると、やはり予想通り、その時点で資材の調達やコストのかかる外注が停止しており、そればかりか、人件費の支払いまで滞っている始末である事が発覚したのである。
それ故に、川上が見た時、工場は止まっていたというわけだ。
そしてなお悪い事に、我々からの支払いだけでは足らず、民間の金貸しから多額の借金をしている事まで発覚したのである。
兼松の話によれば、トムさんの一連の行動は、完全に全くの無計画に行われていたという事であった。
我々との契約で、これまでとは比較にならないほどの大金を掴んで舞い上がってしまったのか、彼は周囲の反対を顧みず、自分の思い描く理想な工場の“設備面だけ”を夢見て、無謀で無計画な投資をしてしまったのである。
それでもトムさんいわく“ちゃんとやれる”という事だったが、当然にさしたる根拠は無い。
残念ながら最早、どうにもならない状況なのは火を見るよりも明らかであった。
とはいえ、おおよそ事態の全容がわかった事で、最早“得体の知れない事態”に恐れる必要は全く無くなった。
まな板に乗っているものが鯉ならぬ“フグ”であるとわかった以上、後は“毒を避けて”どう料理するかだけの問題なのである。
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