新工場への移転はテト(旧正月)前に滞りなく行われた。
テト明けに新設する個室の工事などはまだ残っていたが、新規の予約販売受注分の製作を始めるにあたっては量が多く、川上工房で製作を開始するには狭すぎるという事で、完全な竣工よりも先んじて移転する事となったのである。
そして間も無くテト休みを迎え、スタッフ一同は長期の休暇に入った。
川上も折角の長期休暇ということもあり、元々は夫婦でバカンスを楽しむ予定だったのだが、一連のトラブル続きで大幅に遅れてしまっていた“セミオーダー”の製作をどうしてもリカバーしなければならないという事で、バカンスは断念し、テト休み期間中は新工場にて一人で追い込み作業を行う事となったのだ。
ところがここで、“とんでもない事実”が判明する事となる。
工場が“異常に暑い”のだ。
その上“異様に蒸し暑い”のである。
常夏のホーチミンなのだから当たり前と思われるかもしれないが、そういう次元ではなく、それを加味しても“あり得ないレベル”で蒸し暑過ぎるのだ。
この原因は直ぐに判明した。
床一面に打たれたコンクリートがまだ完全に乾ききっておらず、昼間の熱で一気に蒸し上がってしまっていたのだ。
つまり新工場は、まさに500㎡におよぶ“巨大なサウナ”と化してしまっていたのである。
こうなってしまっては、とても“まともな生産活動”を行える環境ではなかったが、それでも川上は、作業を断念しなかった。
室温が最高潮に上がる日中は避け、日が暮れてから作業を行うようにしたのだ。
見上げた根性と責任感であると讃えたいところなのだが、これが結果的には“誤った選択”であり、まさに“最悪への第一歩”となってしまうのだ。
実は、川上のこうした状況を私が知ったのはテト休みの終わり頃だった。
そして、その時点で川上は既に完全に”参って”しまっていたのである。
“参る”というのは、もちろん肉体的というだけでなく、“精神的”にもだ。
しかし、朦朧としながらも何とかここまで作業を続けてきた川上であったが、ほぼ最後の工程に差し掛かった頃、思いも寄らぬ、取り返しのつかない、“とんでもない悲劇”を引き起こす事となる。
その最初の一報を聞いた時、私は思わず絶句した。
何と、川上が懸命に作業を進めていたセミオーダーウクレレを、ミスにより破損してしまったというのである。
しかも、1本ではなく、“5本も”だ。
ミスは起こり得ることで、必ずしも責められる事ではないが、5本も同時ともなると、これは最早ただ事ではない。
理由を聞けば、5本ともが全て同じ機械を使った作業での同様な凡ミスだという事である。
何とも川上らしからぬ、にわかには信じがたい状況だ。
一言で言ってしまえば注意不足なのだが、根本的な問題は明らかだった。
それほどまでに、川上は“消耗し切っていた”のである。
この一件により、セミオーダー5本は“全て作り直し”となった。
それによって、セミオーダーを心待ちにされていたお客様に多大なご迷惑をお掛けしてしまう事となった。
大変申し訳ない事であり、誠に恐縮なのだが、目下深刻なのは“川上の精神状態”である。
彼は真面目で責任感も強いが、とても“繊細な男”なのだ。
本来余裕があれば、この様な連続したケアレスミスなどは決して起こさなかっただろう。
しかし、一度負のスパイラルに陥ると、そのメンタルは決して強いとは言えなかった。
これまで断続的に続いていたトラブルの連鎖に加えての、今回の新工場の“サウナ化問題”は、結果として肉体的にも精神的にもギリギリであった川上に“トドメ”を刺すには十分すぎるほどの“痛恨の一撃”となったのであった。
そして、この“サウナ化問題”は、更に別の事件を引き起こす事となる。
次回
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