不穏な出来事の最初の予兆は、川上からの進捗報告の中にあった。
といってもそれは悪い報告だったわけではなく、むしろ計画通り順調であるという報告だったのだが、その時、何故か私は、具体的な”順調”のイメージを思い浮かべられずにいた。
感覚で言えば、ある種の不協和音というか、違和感のようなものを感じていたのである。
とは言え、報告によればスケジュール通り順調に進んでいるという事なのだから、今しばらくは様子を見てみようと考えた。
しかし世の中、悪い予感ほど的中するものである。
程なくして、川上から”第一の悪い知らせ”が届いた。
それは、トムさんが川上の指示した仕様を勝手に変更してしまっていたという報告であった。
具体的には、ウクレレのヘッド部分のサイズをトムさんが独断で小さく変更していたのである。
とはいえ、それは素人では判別がつかないほどの微細なサイズ変更であり、トムさんとしてはあくまで「全体のバランスを考えての改善」という事だった様だが、川上もガズさんも、この微細な変更に敏感に気づいていた。
確かにその当時のわがままウクレレには「ヘッドをより軽くする」という課題があったため、改善の方向性自体は間違いではなかったのだが、本来であれば当然に、変更する前に川上の指示を仰ぐべきシーンであった事は間違いない。
最終的にはトムさんと川上の協議により、最もバランスの良いヘッドの大きさが確定し、この一件は結果オーライで収まる形となった。
しかし私は、このトムさんの“勝手な判断”と“勝手な進行”を、かなりのレベルで問題視していた。
さらに言えば、私がそれよりも問題だと思っていたのは、川上の管理についてである。
最終的に結果オーライに持っていけた事は良かったとしても、管理者が“オンタイム”で現場の異変に気付けなかったのは深刻な問題だ。
さらに根の深い問題だったのは、川上自身が、自分の何がいけなかったのかを理解しきれていなかったという点であった。
しかし、彼に変わって言い訳をするならば、それは仕方のない事でもあった。
彼は優れた職人であり、アーティストであるが、経営やマネジメントのプロではなかったからである。
しかし、ベトナムでウクレレ工場を成功させるには、川上のそういった側面での成長は必要不可欠であると私は考えていた。
だから、敢えてここはリスクを冒し、彼にとって最も厳しい茨の道を用意する事にしたのである。
私は彼を千尋の谷に突き落とす事にした。平たく言えば、解決策を自らの力で見いだせるまで、“何度でも遠慮なく”失敗を大いに繰り返してもらえば良いと考えたのである。
もちろん、G-Laboのプロジェクトそのものが失敗してしまっては元も子もないので、もしも彼が解決できないような“本当に深刻”な問題が起これば、その解決は私が責任を持って巻き取れば良いと考えていたし、また、そうできる自信ももちろんあった。
私はトラブルが“大好物”であり、“慣れっ子”なのである。
特に海外での外注では、こういう事態はいわゆる“あるある”であって、既に幾度も経験済みであった。
そもそもこの問題の原因は非常に単純な事だ。それは要するに、「川上とトムさんの距離感」の問題である。
川上はトムさんを職人としてリスペクトしていた。
それは大いに結構な事なのだが、「信用し過ぎ」なのである。
そもそも職人として腕が良い事と、“こちらの思い通りの仕事ができる”事は、決して同義ではない。
また、そもそも別の国なので、商習慣などの文化の違いや、仕事に対する価値観の違いはあって当然なのである。
だから、どれだけ信頼していようとも、「こちらの価値観とは違う仕事をするかもしれない」という事は常に意識していなければならないのだ。
“百歩譲って”も、「人」は疑わなくとも、「仕事」は徹底的に疑うべきであり、相手がどんなに出来る職人であろうとも、少なくとも安心できる確証が持てるまでは、ベタ付きで現場監督をすべきだったのである。
もちろん、そうした話は事前に川上にもしていた。
しかしレベルの高い職人同士、いざ対面すれば会話がスムーズに通じてしまう以上、その仕事を頭から疑ったような行動をとるという事は、頭でわかっていてもそうそうできないという事も理解できる。
だからこそ私は、川上自身がやって失敗を繰り返して、とにかく“自身の経験”から学ぶべきであると考えた。
そういうわけで、ここでは敢えて一切厳しい注意や指示を与える事をせず、彼には考え方と問題提起だけを示した上で、これ以降の改善はひとまず川上自身に任せる事としたのである。
しかし、ここからは“完全に予想通り”ではあったが、こんな事は序章の序というか、冒頭に記した通り、単なる惨劇の予兆に過ぎなかったのである。
次回、「vol.26 いよいよ訪れる大惨事への序章③」に続く。
\ R A N K I N G /
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