トムさんがどういう条件でお金を借りていたかわからないが、彼の借金は我々の想定よりもはるかに早く、そして大きく膨らんでいった。
そして他からも借金を重ね、あっという間に完全なる自転車操業に陥っていってしまったのである。
トムさんの発言も日を追うごとにおかしさを増していき、遂には折衝を担当していた兼松とのやり取りも完全に噛み合わなくなってしまったのである。
兼松は、会社きっての理論派で非常に合理的な男である。平たく言えば、“堅物”である。
彼のやり方である、工場全体のタスクを全て掌握し、細かにマイルストーンを設定し、そのクリア時に見合った報酬を都度トムさんに支払うというやり方は、“最初は”非常に上手く機能していた。
しかし、借金苦が進むトムさんは、次第にその“合理的な支払い”ですら間に合わない状況に追い込まれていき、もはや理屈抜きで、「とにかく金を出してくれ」とせがむようになってきたのである。
当然、兼松は「YES」とは言わないわけだが、するとトムさんは、泣き落としから恫喝まであらゆる手段を使い、我々からすれば全く必要のない支払いを迫ってきたのである。
兼松からすれば、トムさん自身も作業に加わって一刻も早く次のマイルストーンに辿り着きさえすれば、いつでも支払う用意はあるという事なのだが、そういう理屈を理解する頭は、もはやトムさんにはあり得なかった。
そして、非合理的どころか、支離滅裂な対応を毎日のように繰り返すトムさんに対して、遂に兼松の堪忍袋の尾が切れたのである。
彼は普段は冷静で理論派で合理的な男だが、反面、神経質で潔癖すぎる一面があり、付け加えるなら少々怒りっぽいところがある。あまりにもデタラメなトムさんの対応に“よくぞここまで我慢した”とも思えるが、ブチ切れてしまうのは、それでも決して褒められた事ではない。
一番問題なのは、世の中は、どんなに理不尽や不条理な状況であろうとも、ブチ怒ったところで解決できる事は実に少ないという事なのだ。
これは同様な“悪癖”を持つ私自身の経験から痛感している人生訓でもある。
怒りに使う凄まじいエネルギーこそ、創造性や生産性に向けるべきなのだ。
しかし、この時点で一つ、私の中で確定した事があった。それは“プランC”の実行は難しいという事である。
プランCとは、トムさんの工場ごと“丸々買い取る”というプランである。
これまでにも様々な問題を起こしており、そもそもが考えものではあるのだが、彼らにとっては、「借金の解消」と「工場スタッフの安定した仕事(収入)」、そして我々にとっては「川上が認めるレベルの技術力を持ったリソース(職人)の確保」と「工場の運営に必要なローカルコネクション」など、全員に大きなメリットのある数少ないプランの一つである。
もちろん、工場そのものは我々がプランB(自社工場の新設)で用意する予定である充実した設備の整ったものを使えば良いと思っていたが、プランBには大きな課題として、「短期間で迅速に手練れのリソース(職人)を確保できるか?」そして「現地での資材調達や製材加工等の外注に必要なコネクションは直ぐに確保できるか?」という二つの高いハードルがあったのである。
故にそれらを効率良くまとめて確保できるというのは、我々にとっても決して悪い話ではなかった。
更に言えば、これまでに掛けてきたトムさんの工場への教育コストや管理ノウハウも無駄とならないプランでもあったのである。
ただし、これを実行するには当然に、兼松と川上がトムさんをコントロールできるというのが最低条件であると考えていた。
しかし、一連のやり取りをかんがみて、それは残念ながら実現が難しいプランであると結論づけたわけである。
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