工場の仕切り直しが具体的に行われるのは、川上とのミーティングを終えた週の翌週からの予定となったいた。
まず取り掛かるのは改善計画を盛り込んだ今後のタスクを洗い出し、明確なスケジュールを立てる事と、川上への宿題となっていた、職人への教育プログラムの策定だ。
ところが、この新しい体制による業務改善の動きは、出鼻から挫かれる事になる。
再び川上がダウンしてしまったのである。
リスタートの初日となる週明けの月曜日、川上はスタッフへの指示を淡路に託し、欠勤してしまった。川上の話によれば、体のだるさからか、どうしても“集中ができない” “身動きが取れない”という事だった。
そして、同様な事が二日、三日と続いていった。
川上からスタッフへの指示は出るので、工場の稼働が止まる様な事態にはならないものの、川上との落ち着いた話し合いができないため、当然に、思う様に工場の改善を進める事が出来ない。
川上は、我々の想像以上に精神的に参ってしまっていたのだ。
ミーティングの際に私とガズさんが感じた違和感は、川上が頭では理解して真っ当な返答をしている様に見受けられるものの、遠隔であってもどこか伝わってくる、激務の中でエネルギーを使い果たしたからであろう「空虚さ」があったからだったのかもしれない。
これまでの無理が祟ったのは言うまでもないが、当然にこのまま看過するわけには行かない。
川上の身を案じると共に、柱の欠けている工場をどう運営していくべきか判断が迫られる局面となった。
この時私が川上に対してまず思った事には、ある種のジレンマがあった。
まず、彼には出来る限りの休息が必要だと思う気持ちと、それでも完全に彼無しでは、工場の改善はおろか、その運営自体が危機的な状況に陥りかねないという事実だ。
問題は大きく分けて三つある。
まずは、川上の体調だ。これは川上にしかわからない事であり、もしかしたら本人自身にもわからない事であるかもしれないので、“確定的に不確定”な問題だ。
次に、川上の体調が不安定な状況の中で、どの様に工場を運営していくかという事と、最も重要なのは、そのような状況の中にあってどの様に工場を改善していくかという事だ。
当たり前だが、また徐々に納期が差し迫る中で、またしても何の改善もできていないままその時を迎えるとあっては、たとえ川上が復帰したとしても、言うまでもなく「元の木阿弥」であり、川上自身も、工場全体も、これまでと同様かそれ以上の地獄を見る事になるのは火を見るより明らかだ。
断言できるのは、そもそも工場の改善自体、簡単な事ではなかったが、今回の流れで、更にハードルが上がった事は間違いないという事だ。
事実、兼松や淡路を始めとする現地のスタッフだけでなく、ガズさんや東映エージエンシーの竹内さんも含めて皆この事態をかなり深刻に受け止めており、その衝撃によるショックを隠しきれないという感じで動揺していた。
これまで起こってきたトラブルの中で、チーム一同が最も厳しさと怖さを感じた瞬間だ。
しかし、どんなに手札が悪い中でも、勝負となる”最善の組み合わせ”は必ずあると私は確信していた。
川上への負担を最小限にし、工場の生産性を保ちつつ、同時に工場の改善を推進するためにはどうすべきか?
実のところ、答えは既に出ていた。と言うよりも、従来の方針をベースに今の状況に合う形で最適化すれば、少なくとも川上が復活するまでの時間を稼ぎつつ、工場の改善に着手する事はできるだろうと直感的にイメージが持てたのだ。
何故なら、これまでのミーティングや個別のヒアリングを経て、もちろん、着手してみないとわからない事もかなり多いだろうが、少なくとも今まで以上には、“立体的”に工場の状況が把握できていたからだ。
とは言えもちろん、「川上にも”最低限の助力”は求められる」というのが必須条件とはなるのだが。
まず行ったのは、兼松の「工場常駐」だ。
これは、工場内に”指揮系統”がなければ話にならないからだ。
彼にはITソリューションでの重要な仕事もあったが、それはコロナ問題下の中で、テレワークによるオペレーションが問題なく機能する事は実証済みであったので、痛手ではあるものの、当面の事であれば、問題ないだろうと判断した。
そして、川上から職人スタッフへの指示は淡路を経由して行い、その進捗報告は淡路から兼松へと行われる事にした。
兼松は全体を把握しながら、基本的には淡路と話し合いながら全体のタスクを組み立て、その管理を行い、要所では川上とも擦り合わせを行なっていくという形で、こういう状況下であっても稼働を止める事なく、やれる限りの改善へ向けた舵取りを行う事となったのだ。
そして、改善を推進するのに絶対に外せないのが、“手練れの増員”なのだが、実は川上が欠勤したその日こそ、ロンさんから紹介を受けた手練れ職人の面接の当日だった。
本来であれば、もちろん川上による目利きと判断が必要となる場面だが、不確定なリスケで“逆転の目”となる可能性のある重要な機会を逃すわけにはいかない。
そのため、この面接に関しては、異例ではあるが川上抜きで決行する事とし、兼松と淡路にお願いする事にした。
そして、この面接により採用されたベテラン職人の「ゴックさん」の登場が、逆風吹き荒れる工場の風向きを大きく変える重要なきっかけとなるのである。
次回
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