さて、久しぶりの本編となる。
“川上にしかできない作業”について、第一関門はクリアできたものの、第二関門に差し掛かった頃、予期していた通り、またしても問題は発生した。
詳細な内容は専門的な話となってしまうので割愛するが、やはり、単に技術力の問題というよりは、“求められる品質”に対する価値観の違いに起因するところが大きい。
当たり前だが、周囲としては、今回こそは、川上による万全の指揮下、管理下による課題克服を期待していた。
しかし、第一関門の時と同様、今回も能動的な川上の動きは見られなかった。
これに業を煮やし、川上を諭したのは、またしても淡路であった。
正直な話、川上には川上の事情があるとはいえ、“工場長”であるはずの彼がこの急場の中で、未だ消極的とも言える姿勢を見せている事に対しては、とうに看過できない状況に達しており、これ以上この状態が長引く様であれば、私も立場上、“根本的な在り方”について、何かしらの重大な決断を下さなければいけないと考えたいたところだった。
とはいえ彼をただ理不尽に突き放すつもりはなかったが、そもそも目の前で展開される状況が酷く深刻なだけに、これまでの様に、彼の身体の心配を第一に考えて、オブラートに包んだソフトな言葉でやり過ごすことは最早できないところまで来ていた。
彼以外の周囲が課題解決に向け躍起になって動いてくれている中、これ以上の放置は、組織を腐らせてしまうと確信したからだ。
しかし、そういう状況を察してか、危機感を募らせた淡路から川上に発せられた真摯な言葉は、どうやら今度こそ、迷子になっていた川上の心にしっかりと届いた様だ。
川上はようやく再び動き始めた。
彼は“必要な作業”や“必要な指導”を自律的に行い始めた。
動き始めてしまえば、彼の仕事は“一級”だ。
そうして、第二関門は、川上の指導の下、ベトナム人スタッフの手により、無事クリアする事ができたのだった。
そのタイミングで、私は川上、淡路に対して、今回の出来事の中で率直に思った事をストレートに話した。
全てにおいて、“責めるような事”は何一つ言ったつもりはないが、ここで伝えたかった事は、「上長であるならば、“上長としての在り方”を示さねばならない」という事だ。
以前にも言ったが、私にとって、リーダーというものは、先に席が用意されているものではなく、周囲にリーダーとして認知される事で初めて成り立つものだ。
さらに言えば、周囲の認知よりも何よりも先に、まず自分自身に“リーダーとしての自覚”がなければ全く話にならない。
そして、次に控える”第三の関門”こそ、最後にして最大の山場となり得るという事で、今度は“事後”ではなく“事前”に手を打ち、万全の体制でその関門を迎えられる様に、具体的な対策、体制についても話し合った。
仮に第三の関門を川上指導の下、ベトナム人スタッフの手によりクリアする事ができれば、少なくとも、従前に川上が抱えていた“ボトルネック問題”は大きく改善されたと言える。
そしてそれは同時に、私が思い描く、「G-Labo工場の“生産拡大のための基礎”」が、ある程度固まった事を意味するのだ。
上手くいけば、今の“圧倒的に需要に対する供給”が追いついていない状態を、いよいよ打破できる見込みが立つのだ。
故に、次の“第三の関門の突破”は、G-Labo工場の未来を占う、非常に重要なハードルであると言えるのだ。
次回
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