本気で取り組んでいる人に提言をするには、こちら側も敬意を持って、”本気の熱”を示して行うのが最低限の礼儀だ。
そして大事なのは、「まずは相手の話をとにかくしっかりと聞くという事である。
今回で言えば、川上は当然としても、デニーさんからもしっかりヒアリングを行い、まずはできる限りの全体像を把握する事が肝要だ。
デニーさんへの聞き取りは、通訳を介するため、兼松に依頼する事にした。
この段階では、兼松は一切の意見を言わず、とにかくデニーさんへのヒアリングに徹してもらった。
デニーさんの話の要点は主に二つだ。
まず、教えられるやり方が”以前と今とで違う”という事、そして”聞く相手によって違う”という事である。
だから「どれに従って良いかわからない」という話であった。
“以前と今とで違う”というのは、言うまでもなく、川上の試行錯誤による工程改善や、設備環境の変化などによるものだ。
それは発展途上にあるこの工場において、本来問題視すべき事ではない。
また、”聞く相手によって違う”というのは、例えばデニーさんよりも先を行っているヤンさんに聞いた場合、彼は彼なりに川上から教えられた事に多少のアレンジを加えて自分なりの最適化を行っており、教える内容は川上と同一ではない。
しかしそれを聞いて、デニーさんは”人によって違う”と受け取ったようだ。
どれも本来であれば特に問題となるような話ではなかった。しかし、彼がそれらを殊更ネガティブにとった原因は別にある。
彼の話では、「川上が自分の事を低く見ている」と言うのだ。
と言っても、そもそも未経験の”ペーペー”の職人が修行しながら働くのだから、”高く見られる”という事など余程の天性のセンスがない限りはあり得ない事だが、彼の主張としては「自分は川上に馬鹿にされており、工場内でもそういう扱いを受けている」というものだった。
そして彼は、そんな川上に対しては、リスペクトが持てないと言うのだ。
誤解が無いように断言しておくが、デニーさんがどう言おうとも、川上は断じて、作為無作為に関わらず、その様な事をする男では無い。
ただ、そう思われてしまう理由は、残念ながら想像に難くなかった。
私がこの”デニーさん談話”を聞いて、川上の問題は後回しにするとして、デニーさんに対して思った事を先に述べるとこうだ。
一言で言うならば、彼の考え方は「稚拙極まり無く、社会人として全くダメ」だという事である。
非常に辛辣な言い方となってしまい恐縮だが、そもそもこれらのセリフは、たとえワンセクションでも“一介の戦力”となってから言うべきものだ。
そもそも、川上と自分の関係をフラットに見過ぎだ。川上は彼の”上司”であって、ただの“お友達”では無い。
仕事の上では、少なくとも現時点においては、確実に“教える者”と”教わる者”なのである。
百歩譲って、二人が友人であってももちろん構わないが、職場ではその発想は絶対にダメで、許されるものではない。
“ゆるい”のは、それが表面上のものであれば許されるが、本質的なゆるさは指揮系統を腐らせ、組織を腐敗させる天敵だからだ。
もちろん、結果的にそうした土壌を作ってしまった川上にこそ、一番の問題と重大な責任があるのだが、それを差し置いても、“会社は学校では無い”のである。
スタッフに教育をサービスとして提供しているわけではなく、あくまで自社用の戦力の育成として、業務として教育を行っているのだ。
そのため、どれだけ人と人として仲が良かろうが、仕事上の上下関係、指揮系統は絶対なのであって、そこに社員として入社した以上、その“最低限のルールへの理解”は持つべきなのである。
ただ、この“デニーさん談話”を経て、私が川上に言うべき事は、より一層明確となったのである。
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